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はじめに
前回は、『制服カノジョ』初代について書いた。
初代『制服カノジョ』は、OPにかなり明確な哲学を置いている作品だった。
制服を、単なる可愛い衣装としてではなく、社会的拘束としての「不透明な私」と見なし、そこから自分だけの色を取り戻していく。
ただし、その哲学は本編ではほとんど描写されない(笑)
初代本編は、あえて物語を重くせず、カノジョとイチャイチャする時間そのものを供給する方向に振り切っていた。
つまり、OPに哲学を置き、本編ではそれを語らない。
そこに、制服カノジョ初代の面白さがあった。
では、そのOP哲学は本当に物語化されなかったのか。
その答えが、外伝『制服カノジョ まよいごエンゲージ』にある。
まよいごエンゲージはOP哲学の実践編である
『制服カノジョ まよいごエンゲージ』は、外伝である。
ただし、単なる番外編ではない。
この作品は、初代『制服カノジョ』のOPで提示された哲学を、今度は物語そのものに落とし込む試みがなされた作品だったと思う。
初代本編は、物語の破棄を意図的に行っていた。
OPで「不透明な私」や「私だけの色」といった哲学を提示しながら、それを本編ではほとんど語らなかった。
一方で、まよいごエンゲージは違う。
まよいごエンゲージでは、制服カノジョOPの哲学が、夢羽という少女の服装変化と成長物語として可視化される。
つまり、スタッフが、
物語もできるんだよ
という姿勢を示し、シリーズ全体への信頼を積み増した作品だったのだと思う。
ここがまず面白い。
制服カノジョは、物語を作れないから物語を捨てたわけではない。
物語を作れる。そのうえで、初代本編ではあえて物語を重くしなかった。
そのことを、まよいごエンゲージは外伝という形で示している。
夢羽は制服カノジョ活動の外側にいる
ここで重要なのは、夢羽が制服カノジョ活動そのものとは直接関係していないという点である。
初代における制服カノジョ活動は、学校制服という社会的拘束を、自作制服という「私の色」へ変換する活動だった。
制服は、学校や年齢や周囲の視線に縛られた「不透明な私」である。
それを自分たちで作り直し、自分たちで選び直す。
そこに制服カノジョ活動の意味があった。
しかし、まよいごエンゲージの夢羽は、その活動の外側にいる。
彼女は制服カノジョ活動の一員として、自作制服を作るわけではない。
学校制服を作り直すわけでもない。
にもかかわらず、夢羽の物語は明らかに、初代OPで提示された「不透明な私」から「私の色」への変化をなぞっている。
つまり、まよいごエンゲージは制服カノジョ活動の外伝ではない。
制服カノジョ哲学そのものの外伝である。
ここはかなり重要だと思う。
夢羽にとっての制服カノジョ活動は、学校制服の作り直しではない。
めん太の着ぐるみを脱ぎ、めん太擬人化衣装を経て、自作アイドル衣装へ到達する過程として置き換えられている。
ここで初めて、制服カノジョの哲学は学校制服の枠を離れる。
制服カノジョの哲学は、学校という場だけに閉じたものではなかった。
声優・アイドル・芸能という別の社会的拘束の中でも成立するものとして拡張される。
これが、まよいごエンゲージの面白いところである。
夢羽は“隠れること”から“晒すこと”へ向かう
まよいごエンゲージの軸に置かれているのは、夢羽という少女が、隠れることから晒すことへ移行していくプロセスである。
彼女は久留米の弱小事務所に所属する声優で、制服+カーディガンという心の防具に頼って生きている。
このカーディガンが、まさに不透明な私を象徴している。
夢羽は、自分を見せることが怖い。
評価されることが怖い。
失敗することが怖い。
誰かに見られて、傷つけられることが怖い。
だから、何かを纏う。
何かに隠れる。
その心の動きが、まよいごエンゲージでは服装の変化として描かれている。
夢羽の服装は、ただの衣装差分ではない。
彼女の心の透明度を示す段階そのものになっている。
制服+カーディガンという心の防具
まず、夢羽は制服にカーディガンを羽織っている。
このカーディガンは、単なる可愛い衣装ではない。
夢羽にとっては、自分を守るための布である。
制服そのものもまた、社会的な記号である。
学校、年齢、学生らしさ、周囲から見られる自分。
そこにさらにカーディガンを重ねることで、夢羽は自分を少し隠している。
この“隠れるための布”が、制服カノジョ哲学における「不透明な私」を象徴している。
夢羽は、見られたい。
しかし、完全には見られたくない。
声優として表に立ちたい。
しかし、自分そのものを晒すのは怖い。
その矛盾が、制服+カーディガンという格好に出ている。
めん太の着ぐるみという完全な外殻
夢羽の隠れ方が最もはっきり出るのが、めん太の着ぐるみである。
めん太の着ぐるみは、完全な外殻である。
そこにいるのは夢羽であって、夢羽ではない。
彼女は表に立っているようで、実際には隠れている。
着ぐるみの中に入れば、夢羽本人は見えない。
声も身体も、めん太というキャラクターの中へ吸収される。
これは匿名性である。
自分を出したくない。
でも仕事として表に立たなければならない。
その矛盾を成立させるための装置が、めん太の着ぐるみである。
ここでの夢羽は、まだ「私の色」を出していない。
彼女が纏っているのは、あくまでめん太の色である。
つまり、他者の記号である。
めん太の中に入ることで、夢羽は傷つかずに済む。
しかし同時に、夢羽自身は見えなくなる。
これは、初代OPにおける「不透明な私」の一つの極限形である。
めん太擬人化衣装という半端な露出
次に出てくるのが、めん太の擬人化アイドル衣装である。
これは着ぐるみとは違う。
夢羽本人が表に立つ。
しかし、あくまでめん太の威光を借りている。
つまり、これは半端な露出である。
夢羽自身が見られているようでいて、まだめん太という記号に守られている。
完全に隠れているわけではない。
しかし、完全に自分を晒しているわけでもない。
ここが非常に上手い。
夢羽は一気に自分の色へ到達するわけではない。
着ぐるみという完全な外殻から、擬人化衣装という半透明の段階を経る。
この段階性が、まよいごエンゲージの丁寧さだと思う。
夢羽は、いきなり「私そのもの」を見せられる少女ではない。
だからこそ、めん太擬人化衣装という中間地点が必要になる。
めん太の記号を借りながら、それでも少しずつ自分自身が見られる場所へ出ていく。
この“半端さ”が良い。
人は、完全に隠れている状態から、いきなり完全に晒す状態へは行けない。
その間には、必ず半端な露出がある。
まよいごエンゲージは、その中間段階をちゃんと置いている。
自作アイドル衣装という「私の色」
そしてクライマックスで、夢羽は自作のアイドル衣装を纏う。
これは、めん太の代理ではない。
舞台時代の残滓でもない。
誰かに与えられた制服でもない。
夢羽自身が、自分のために選び直した衣装である。
ここで初めて、服は不透明な私ではなく、私の色そのものになる。
この衣装は、自分を隠すための外殻ではない。
他人の記号を借りるための衣装でもない。
夢羽が、夢羽として立つための衣装である。
さらに、夢羽はカーディガンを主人公に脱がせてもらう。
このカーディガンは、舞台時代の先輩からもらったものであり、過去の自分を守ってきた布でもある。
それを脱ぐことは、単なる衣装替えではない。
過去の外殻を外し、未来へ向かって立つための儀式である。
そして、衣装に付いた羽は、夢羽という名前そのものを回収している。
夢に羽ばたくための力を、彼女は最後に身につける。
ここで、OPの哲学がようやく物語内で真正面から語られる。
不透明な私。
偽色。
未完成な私。
私だけの色。
その流れが、夢羽の服装変化として明確に立ち上がる。
スカートを折ること、そして折るのをやめること
まよいごエンゲージでは、スカートの折り方が少しずつ変わる演出も印象的だった。
制服のスカートを折ることは、単なるファッションではない。
制服という与えられた記号を、自分の身体や自分の感覚に合わせて少し変える行為である。
つまり、制服をそのまま着るのではなく、自分の側へ少し引き寄せる行為だ。
そこには、大人への階段のような意味もある。
与えられた制服を、少しだけ自分のものにする。
社会的な拘束を、少しだけ自分の色へ変えていく。
そして最後に、夢羽はスカートを折ることをやめる。
これも象徴的である。
折ることをやめるというのは、制服をそのまま受け入れるというより、もはや制服を加工すること自体の意味が変わったということだと思う。
夢羽は、制服の中で自分を探している段階を抜ける。
自作の衣装を纏い、自分の色で立つ。
だから、制服のスカートを折るという行為そのものが、最後には役割を終える。
ここでも、服装の変化がそのまま夢羽の心の変化になっている。
外伝だからこそ描けた重さ
まよいごエンゲージでは、夢羽が抱える痛みやコンプレックスが、かなり容赦なく露出させられる。
舞台時代のファンによる主人公との熱愛暴露。
母親からの「舞台に戻れ」という圧力。
東京オーディションの露骨な出来レース。
弱い立場の声優だからこそ直撃する風当たりの強さが描かれている。
ここは本編との対比が大きい。
本編では、トップモデルの実桜と付き合っても、一切問題が起きない。
外の世界は、イチャイチャを邪魔しない。
それが本編の安全性である。
しかし、まよいごエンゲージでは外の世界が容赦なく入り込んでくる。
夢羽は弱い立場の声優である。
地方の弱小事務所に所属し、声優としての足場もまだ不安定で、過去の舞台経験や母親の期待も背負っている。
だからこそ、主人公との関係も、仕事も、夢も、簡単に安全圏には置かれない。
本編なら流されるような要素が、まよいごエンゲージではきちんと痛みとして描かれる。
だからこそ、外伝なのだと思う。
本編は安心して好きでい続けるための場所である。
外伝は、その安心が成立する前にある痛みを描く場所である。
この立ち位置の違いが、まよいごエンゲージを特別な作品にしている。
告白を物語の中に押し込む
まよいごエンゲージの物語性を象徴するのが、告白の扱いである。
制服カノジョ本編では、告白は「する/しない」を選べる儀式であり、物語の外側、つまりプレイヤーの自由に置かれていた。
告白をするかしないかで、物語の核心が大きく変わるわけではない。
それは、プレイヤーがカノジョとの距離感を選ぶための儀式に近い。
しかし、まよいごエンゲージでは違う。
告白は選択肢ではない。
物語の必須機能として、主人公に背負わせられている。
これは重要である。
夢羽は、自分から告白して外へ出るキャラクタではない。
めん太の着ぐるみに引きこもる夢羽を、主人公の告白が外へ連れ出す。
つまり、告白は恋愛イベントではなく、夢羽を救出するための行為になっている。
夢羽から告白させることは、たぶんこの物語では成立しない。
それはバッドエンドに近い。
夢羽は、自分を晒すことが怖い。
めん太の中に隠れ、カーディガンに守られ、他人の記号を借りながら、少しずつ表に出ようとしている。
その夢羽を外に出すためには、主人公側からの告白が必要になる。
だから、まよいごエンゲージでは告白の選択肢を用意しなかったのだと思う。
本編では外側に置かれていた告白を、外伝では物語の中へ押し込む。
ここにも、まよいごエンゲージが本編では破棄した物語をあえて扱っていることが表れている。
山田麻莉奈という二重構造
さらに、声優・山田麻莉奈の存在が、この外伝を二重構造にしている。
HKTから声優を志し、福岡から上京し、アイドルと声優の狭間で揺れ続けた彼女の歩みは、夢羽の人生とかなり重なっている。
もちろん、キャラクタと演者を単純に同一視するつもりはない。
しかし、このキャスティングが夢羽の物語に強い説得力を与えていることは間違いないと思う。
声優アイドルを目指す夢羽。
福岡から外へ出て、自分の声で未来を掴もうとする少女。
その物語を、HKT出身の山田麻莉奈が演じる。
これは単なるキャスティング以上の意味を持っていたのではないだろうか。
まよいごエンゲージは、夢羽の再生物語であると同時に、山田麻莉奈という声優自身の、もう一度未来へ踏み出す宣言でもあったように思う。
そして、実際に演技も良かった。
特に、夢羽本人の声から、ゲーム内で別キャラクターを演じる声への移行はかなり印象的だった。
夢羽として喋っている声と、仕事として演じている声が明確に切り替わる。
そこに、夢羽というキャラクターの未熟さと、山田麻莉奈という声優の技術が同時に見える。
ここも二重構造になっている。
夢羽は声優として自分の色を探している。
それを演じる山田麻莉奈もまた、声優としての自分の色を示している。
この重なりが、まよいごエンゲージに独特の説得力を与えていた。
まよいごエンゲージは小粒だが、丁寧な作品だった
外伝としては小粒である。
プレイ時間も長くはない。
大作というより、かなりコンパクトな作品だと思う。
ただし、その中でやっていることは非常に明確だった。
初代OPで提示された「不透明な私」から「私の色」への変化を、夢羽の服装変化と物語に落とし込む。
制服カノジョ活動そのものからは離れながら、制服カノジョ哲学だけを別領域へ移植する。
本編では避けた社会的痛みを、外伝として引き受ける。
告白をプレイヤーの自由ではなく、物語の必須機能として配置する。
そして、夢羽というキャラクターと山田麻莉奈という声優の歩みを重ね、声優アイドルを目指す少女の再生物語として成立させる。
かなり綺麗にまとまった作品だったと思う。
次回へ
まよいごエンゲージは、制服カノジョ活動の外側にありながら、制服カノジョOPの哲学を最も強く物語化した外伝だった。
では、なぜこの作品にはナンバリングが付いていないのか。
そして、なぜ『制服カノジョ3』で夢羽は再びヒロインとして扱われるのか。
次回は、制服カノジョシリーズ全体を見ながら、ナンバリング、外伝、そして「好きでい続けていい」という保証について考えたい。
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